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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)144号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。

本願発明は、電池用セパレータの製造方法に関するものである(本願公告公報第一頁左欄第一五行及び第一六行)。従来、合成樹脂フイルムにγ線を照射し、アクリル酸等をグラフト共重合することによりセパレータを得る方法としては、モノマー含有溶液に基材ポリエチレンフイルムを浸漬し、γ線照射を行う、いわゆる同時照射法によるグラフト化の方法が知られていたが、右方法においては、フイルム内部のグラフト共重合反応と同時に外部溶液又はフイルム内部の遊離したモノマーの重合反応が起こり、フイルム内部及び浴中でホモポリマーが生成するため、均一なグラフト共重合が損なわれ、厚さのバラツキ、電気抵抗のバラツキを生じ、品質の安定したセパレータを得ることが困難であつた。また、右方法では、照射設備のある限られた空間、場所内でモノマーと接触させなければならず、極めて生産性が悪くコスト高となる欠点があつた(同公報第一頁左欄第二一行ないし右欄第一八行)。

本願発明は、右知見に基づき、電気抵抗が低く、かつ均一性に優れ、生産性のよい電池用セパレータを提供することを目的として(同公報第一頁左欄第一九行ないし第二一行)、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。

本願発明は、右構成を採用したことにより、極めて均一なグラフト共重合を容易に行うことができ、さらに、生産設備が安価となり、またその工程を連続化することができるという作用効果を奏するものである(同公報第一頁右欄第二四行ないし第二頁左欄第八行)。

2(一) 他方、第一引用例に、審決認定の<1>ないし<5>の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがないところ、原告は、これらの事項はそれぞれ異なる事例から取り上げられたものであり、第一引用例には、これらを相互に関連づけること、更にはこれらを一つにまとめ上げることについて何らの示唆もないから、審決が、「右<1>ないし<5>の技術的事項を合わせ考えると、第一引用例には、合成樹脂より成るフイルムに電子線を照射し、後該照射フイルムをアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸から成る温度三〇℃ないし五〇℃の範囲のモノマー溶液に浸漬して、グラフト率が三〇%ないし九〇%の範囲でグラフト重合を行うことが記載されている」と認定したのは誤りであると主張するので以下検討する。

(A) <1>の技術的事項について

第一引用例の第一九八頁及び第一九九頁に「ポリマーに放射線を照射し、その後モノマー溶液に浸漬してグラフト重合を行うこと」が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例の第一九八頁第一五行ないし第一九九頁末行には、「9・2・2前照射法」と題し、「前照射法には照射するさいの雰囲気により、1)真空中前照射法と、2)空気中前照射法に分けられ、真空中前照射法では(中略)幹ポリマー中に生じた捕捉ラジカルにより重合が開始される。空気中前照射法では幹ポリマー中に生じたラジカルが空気中の酸素と反応し、(中略)パーオキシラジカル、ハイドロパーオキサイドあるいはジパーオキサイドを生じてこれらがモノマーと接触しつつ加熱分解されたさい重合反応を起こすと考えられている(第一九八頁一六行ないし第一九九頁第二行)。」「前照射法の応用として、4)気相でモノマーを反応させる気相法や、5)モノマーをエマルジヨンで反応させるエマルジヨン法などがある(第一九九頁第二四行及び第二五行)。」と記載されており、ここでは「前照射法」について、その種類、反応機構及びその改良法に関する一般的な説明がなされていることが認められる。

他方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、右「前照射法」に関する記載の前に「ⅲ)固体のポリマーAをモノマーBに浸漬させ、余分のBを除いたのち照射する膨潤後照射法(第一九八頁第五行及び第六行)」「ⅳ)ポリマーAにモノマーBを気相で接触させつつ照射する気相グラフト重合法。(中略)高崎研究所ではポリ塩化ビニル粉末にガス状のブタジエンをコバルト―六〇のγ線の同時照射により気相グラフト重合を行つている(第一九八頁第一〇行ないし第一四行)。」と 記載されており、右ⅲ)の方法は、ポリマーAをモノマーBに浸漬し膨潤させた後に照射するものであるから一種の「後照射法」であり、また、右ⅳ)の方法が一種の「同時照射法」であることは明らかであるから、第一引用例には、放射線の照射によるグラフト重合には、「前照射法」のほかに「後照射法」や「同時照射法」もあることが開示されていると認められる。

(B) <2>の技術的事項について

第一引用例の第二一九頁(特に図9・28参照)に「放射線グラフト重合を行うときのポリマーとして合成樹脂からなるフイルムを用いること」が記載されていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の第二一九頁には、「9・4・3帯電防止」と題し、「帯電を防止する方法としては、ポリテトラフロロエチレンにアクリルアミドをグラフト重合する方法や、ポリオレフイン(ポリエチレンまたはポリプロピレン)シートをシラン処理し硅酸被膜をつくつたのちにアクリロニトリルをグラフト重合することにより、耐摩耗性のよい帯電防止性を与える方法もある。上記反応について連続反応装置の試作の提案がなされている(図9・28)(第二一九頁第六行ないし第一〇行)」と記載されており、ここでグラフト重合されるものは「アクリルアミド」および「アクリロニトリル」であつて、「アクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸」ではないことが認められ、しかも、右図9・28及びその表題(加速器によるフイルムの連続照射装置)と説明(モノマーの浸漬部、くり返し照射部、乾燥部など)の記載からすると、右図においては、くり返し照射部がモノマーの浸漬部の後にあり、放射線の照射はモノマーの浸漬後に行われる「後照射法」を示していると認められる。そして、右頁の記載を検討しても、グラフト重合を行うに際しての反応温度、グラフト率に関する記載は何も見当らない。

(C) <3>の技術的事項について

第一引用例の第二〇〇頁に「放射線グラフト重合を行うときのモノマーとしてアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸を用いること」が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の第二〇〇頁には「9・3繊維への利用」と題し、「繊維の染色性を改善する目的で、ポリプロピレンについてきわめて詳細な研究がなされている。(中略)また塩基性染料に対する染色性を改善するためにアクリル酸類、メタアクリル酸類、ビニルスルホン酸類、スチレンスルホン酸類のグラフト重合が試みられている(第二〇〇頁第一行ないし第七行)」と記載されているから、合成樹脂の一種であるポリプロピレンについて、アクリル酸類、メタアクリル酸類、スチレンスルホン酸類等をグラフト重合することが試みられていることは認められるが、ここでグラフト重合されたポリプロピレンは、フイルムではなく、繊維であることが明らかである。また、右頁の記載を検討しても、そのグラフト重合を行うに際しての温度条件、グラフト率についての記載は何も見当たらない。

(D) <4>及び<5>の技術的事項について

第一引用例の第二〇九頁(特に図9・12及び図9・11参照)に「グラフト物組成の経時変化と温度の影響をみるために、反応温度を三〇℃、四〇℃、五〇℃にしてグラフト重合を行う例があること、また、ポリエチレンにスチレンをグラフト重合させるとき反応温度四〇℃でグラフト率三〇%以上が得られること、及び反応時間に応じてグラフト率は上昇していくこと等」が記載されていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例の第二〇九頁には、「まずポリエチレンにスチレンおよびブタジエンをそれぞれ単独でグラフト重合させた場合と、二成分モノマーを共グラフト重合させた場合の反応時間とグラフト率の関係を図9・11に示す。このさいブタジエンとスチレンの混合組成を変えて反応させると図9・12に示すようなグラフト物の組成になる(第二〇九頁第九行ないし第一二行)」と記載されているから、ここでグラフト重合されるものは、ブタジエン、スチレンであつて、アクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸ではないことが認められる。したがつて、ここで用いられている温度条件はブタジエン又はスチレンを重合させるために採用したものであつて、アクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸をグラフト重合させる場合にもそのまま適用し得るものとはいい得ない。また、そのグラフト重合がポリプロピレンのフイルムに対して行われたものであると認め得る記載もない。

(二) 以上の事実からすると、第一引用例には、グラフト重合の一環として「前照射法」のほかに「後照射法」「同時照射法」のあることも開示されており、そして、<2>ないし<5>の技術的事項がいずれも「前照射法」によるものであるとは認められず、むしろ<2>において用いられている照射法は「後照射法」であるから、<2>ないし<5>の技術的事項が<1>の技術的事項と直接関連するものでないことは明らかであり、また、<2>ないし<5>の技術的事項はグラフト重合反応の対象、グラフト材を異にするものについての記載であるから、これらが相互に関連し、一つにまとめ上げることの有用性を示唆しているものとは認めることができない。

被告は、「右<1>ないし<2>の技術的事項は、すべて放射線加工における「グラフト重合」という共通の技術項目の中で展開された事項であり、<1>の点は、放射線グラフト重合方法における「前照射法」の技術上の基本工程を形成するものであり、<2>ないし<5>は、この技術上の基本工程に対して、グラフト重合反応の対象、グラフト材、グラフト重合時の反応温度条件及びグラフト重合時の反応温度・反応時間とグラフト率の関係をそれぞれ具体的に示したものであるから、技術的関連が一帯のものであり、これらを一つにまとめ上げることの有用性についても当然示唆されている」と主張する。

しかしながら、前記認定したとおり、第一引用例には、グラフト重合の一環として「前照射法」のほかに「後照射法」「同時照射法」のあることも開示されており、<2>ないし<5>の技術的事項が「前照射法」によるものであると認めることはできず、また、<2>ないし<5>の技術的事項はいずれもグラフト重合反応の対象、グラフト材を異にするものについての記載であつて、相互に関連しているものではないのであるから、<1>ないし<5>の技術的事項が、いずれも「放射線加工」に関する文献の「グラフト重合」の技術項目に記載されているとしても、そのことをもつて技術的関連が一帯のものであり、相互に関連して一つにまとめ上げることの有用性を示唆しているものとは認めることができず、被告の主張は採用できない。

3 以上のとおりで、第一引用例に記載の<1>ないし<5>の技術的事項を相互に関連させ、第一引用例にはこれらの各技術的事項の全てを必須の構成要件とするものが記載されているとした審決の認定は誤りであり、右誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかであるから、審決は違法として取り消しを免れない。

三 よつて、審決の取消しを求める原告らの本訴請求は正当として認容することとする。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

合成樹脂よりなるフイルムに電子線を照射し、後該照射フイルムをアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸から成る温度三〇℃ないし五〇℃の範囲のモノマー溶液に浸漬して、グラフト率が三〇%ないし九〇%の範囲でグラフト重合を行うことを特徴とする電池用セパレータの製造方法。

〔編注2〕本件における審決の理由の要点は左のとおりである。

刊行物「放射線加工」日刊工業新聞社、昭和四四年五月一五日発行(以下「第一引用例」という。)の第一九八頁及び第一九九頁には、<1>ポリマーに放射線を照射し、その後モノマー溶液に浸漬してグラフト重合を行うこと、同第二一九頁(特に図9・28参照)には、<2>放射線グラフト重合を行うときのポリマーとして合成樹脂からなるフイルムを用いること、同第二〇〇頁には、<3>放射線グラフト重合を行うときのモノマーとしてアクリル酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸を用いること、同第二〇九頁(特に図9・12及び図9・11参照)には、<4>グラフト物組成の経時変化と温度の影響をみるために、反応温度を三〇℃、四〇℃、五〇℃にしてグラフト重合を行う例があること、また<5>ポリエチレンにスチレンをグラフト重合させるとき反応温度四〇℃でグラフト率三〇%以上が得られること、及び反応時間に応じてグラフト率は上昇していくこと等が記載されている。

これらの記載事項<1>ないし<5>を合わせ考えると、第一引用例には、合成樹脂より成るフイルムに電子線を照射し、後該照射フイルムをアクリン酸、メタアクリル酸又はスチレンスルホン酸から成る温度三〇℃ないし五〇℃の範囲のモノマー溶液に浸漬して、グラフト率が三〇%ないし九〇%の範囲でグラフト重合を行うことが記載されていると認められる。(以下省略)

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